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记得这个封刚拍出时我在国内哪个网站介绍过,关于邮资我和楼主的看法一样

法币面值百城版邮票:30元*3+3元*2=96元(法币)

伪币面值邮票:20元+10元+2元*5=40元(伪币)折合法币8元

总共邮资折合法币计104元,平信4元,航空两个单位100元。感觉还是应该符合的,虽然严格来说航空费部分还缺乏明确证据。只是最后忘了投标。

后来我在日本加藤先生网站上回了两个帖子还比较容易找到(见下)。他的解释显然更牵强。

入札し忘れた!残念ですが、落札価格は安くないですね。当時面白いと思ったのはその料金の計算です。法幣100円として外国宛30円+国内航空20円+欧州宛航空50円の内訳も一つの計算法ですが、当時聯銀券と法幣の比率は5:1であり、料金が法幣104円の可能性が高いです。分かりにくいかも知れませんが、1945年12月10日から、華北では1945年4月1日の料金に戻した経緯がありますね。これは聯銀券と法幣の比率が高すぎるからです。1945年4月1日の時点で重慶と華北の国際料金はともに4円、もちろんそれぞれ法幣と聯銀券です。このカバー104円の内訳は外国宛4円+欧州宛航空50円×2と思います。国内航空料金が50円に含まれます。それが正しければ、国際でも国内と同じ1945年12月10日の料金改定は1945年4月1日の料金に戻したと言うよりも、それぞれ法幣と聯銀券の違いがあるため、実際1945年8月1日の料金に戻した方が事実です。

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ご返事ありがとうございます。
確かにこの時期国際航空便が少なく、華北の国際航空料金や国際航空便の料金の内訳が難しいですね。
しかし、航空料金とは別に、国際封書料金はわりと国内料金の変化やこれまでの国際料金の変化などから推測できます。
終戦の時点華北では国内封書10円(聯)、国際20円(聯)です。しかし1945年11月25日から国内封書20円(法)=100円(聯)になってしまって、国際は40円(法)か元の非占領区国際料金の30円(法)ですね。華北に対して余にも値上がりが高く、結局1945年12月10日から翌年の2月16日まで華北の国内封書は2円(法)=10円(聯)に戻りました。もしこの時期国際封書40円(法)あるいは30円(法)=150(聯)のままなら、国内料金の15倍になり、この時期の料金体系から考えると合理ではないと思います。そのため、可能性高いのは国際封書も4円(法)=20(聯)に戻ったです。もちろん同じ時期の非占領区の料金と比べれば大変安いですが、国内料金との比率から見れば、合理的かもしれません。
国際航空料金はどうなるのか、データが少なく、個人的な意見は「1945年4月1日の料金」の欧州宛航空料金は存在しないので、差出時元の非占領区のと同じです。
あくまでも私の推測ですので、ご教示お待ちしております。

 

 

 

陈刚
email:gangchen69@hotmail.com

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麦兄过奖。学习外语是一件费力的事,我是很讨厌的。只是以前因为学习关系不得不学。能在集邮上有所用,也算是一得吧。日文方面麦兄有用得着的地方不必客气。
陈刚
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